9年前の、3、11、忘れられません。
テレビの報道で見た津波の被害の様子を、
思い出すと、今でも胸が締め付けられます。
私は、同じ年の夏に、私の大切な友人が病気で
亡くなっているので、そのショックもあり、
震災の報道を見る度に、亡くなった友人の事を思い出します。
震災とは、直接関係は無いのですが、あの年から、私の時間も止まってしまったように感じる。
私の父が倒れたのが2年前なのですが、父が倒れた時に、気が狂うんじゃ無いかと思う位に、
父の事を心配して、心配して、治るように、治るように、治るように、、祈りました。
私は、私の大切な友人が、危篤になるまで、彼女の病状が分からなかった。
私は、シングルマザーで、仕事が忙しくて、引っ越しをしてからは、なかなか、彼女に会いにいってあげられなかった。
危篤になり、会いに行ったけど、もう、間に合わなかった。
数日後、彼女が、息を引き取る時に、彼女の手をとり、最後まで、寄り添っていた。
そして、彼女は、静かに息を引き取りました。
忘れられない。
そして、後悔の念。いつも思い出すと、涙があふれてしまう。
もっと、早く気がついて、たくさん、そばにいてあげたかった。
だから、父が倒れた時、毎日お見舞いに行きました。
父は、喉に穴を開けて、管を通して、自分でタンを切る事が出来ない体になっても、点滴だけで、栄養をとって、体も動かす事が出来なくなっても、最後まで、頑張っていた。
私は、友人に出来なかった事を、その分も、父には、たくさんしてあげたかった。
後悔しないように、会いに行って、しゃべりかけて。毎日、ラジオをつけに行った。
一年前、父は亡くなりました。
一年間、寄り添う事が出来て、お別れの時を、ゆっくり、ゆっくり、時間をかけて、
私の気持ちも、ゆっくり、ゆっくり、時間をかけていった。
その時を迎えないと行けないんだと、覚悟を決める事が出来た。
父は、お前がしっかりしなさい、お母さんを頼むよ。ありがとうと、言っていたに違いないと思う。
しゃべれなくなっていたけど、必ず、そう、言っていたと思う。
父と、最後の時を、一緒に過ごせて良かった。
急な、津波に襲われて、お別れも出来ずに、離れ離れになった多くの方の無念を思うと、胸が痛い。
そして、私の亡くなった友人は、マリは、
今でも、天国で怒ってるだろう。
なんで、会いに来てくれなかったの?
わたし、本当に淋しかったよ。
明るい笑顔で、私の事を大好きだと言ってくれた。
私に会いたい、淋しいよ、来て欲しいよ、と、素直に言ってくれたマリちゃん。
私も大好きです。
私の事をこんなに好きになってくれる友人は、あなたしかいない。
今世でも、来世でも。
いつか、私はあなたのふるさとの、ミャンマーに
行ってみたいなぁ。
私が死ぬまでに、行けるかなぁ。
そんな思いで、ふと、空を眺める時がある。
貴方が生まれた3月の空、今日は良いお天気になりそうです。
3、11の被害に遭われた多くの方々に、お見舞いを申し上げます。
この桜は、だいぶ前に撮影したものです。
今年は、桜が咲いたら、撮影したいと
思っています。
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